白い宝石とも呼ばれる愛らしいウェスト・ハイランド・ホワイト・テリア。この犬種を家族に迎えたいと願う人は後を絶ちません。ペットショップでの購入ではなく、繁殖引退犬の里親になるという選択肢が近年注目を集めています。
2019年の動物愛護管理法改正により、6歳前後で引退する比較的若いウェスティたちが市場に出てくるようになりました。しかし、私が調査したところ、ウェスティの引退犬市場は非常に特殊な競争原理が働いています。
単に「かわいそうだから助けたい」という気持ちだけでは、里親になることはできません。人気の裏には、厳格な審査と高い競争率が存在するからです。
この記事では、ウェスティ特有の事情や隠されたリスク、そして厳格な審査を突破するための具体的な秘策を解説します。
ウェスティ引退犬市場の過酷な現実|なぜこれほど入手困難なのか
ウェスティの繁殖引退犬を迎えたいと考えるなら、現状の市場構造を理解する必要があります。需要に対し供給が極端に少ない「売り手市場」の状態が続いています。
法改正がもたらした供給の変化と6歳の壁
動物愛護管理法の改正により、繁殖用の犬は原則として6歳で引退することが義務付けられました。これにより、以前のように高齢になるまで繁殖に使われるケースは減少し、比較的元気な状態でリタイアする犬が増えています。
市場に出てくる引退犬の多くは、5歳から7歳のメスです。オスは生涯種犬として飼育されるか、逆に若いうちに手放されるケースに二極化するため、里親募集に出るのは圧倒的にメスが多い傾向にあります。
この「6歳」という年齢は、シニア期への入り口です。まだ活発に動ける年齢ですが、同時に遺伝的疾患のリスクが高まり始める時期でもあります。
需要と供給の不均衡が生む競争倍率
ウェスティは日本国内で根強い人気を誇りますが、トイ・プードルやチワワに比べると飼育頭数自体は多くありません。その結果、保護犬や引退犬として募集される個体数も年間を通じてごくわずかです。
OMUSUBIやペットのおうちといった大手里親募集サイトにウェスティが掲載されると、数時間のうちに応募が殺到します。人気アイドルのチケット争奪戦のような状況が、日常的に起きているといっても過言ではありません。
この高い競争率を勝ち抜くには、募集が出てから動くのでは遅すぎます。事前の情報収集と準備が合否を分ける鍵となります。
4つの入手ルートとそれぞれの特徴
ウェスティの引退犬に出会うためのルートは大きく分けて4つあります。それぞれに特徴があり、求められる対策も異なります。
ブリーダーによる直接譲渡
最も透明性が高く、おすすめできるルートです。シュシュケンネルのように、引退犬の情報を公式サイトで公開している良心的なブリーダーも存在します。親犬の性格や健康状態を詳しく知ることができる点が大きな利点です。
動物愛護団体によるレスキュー
多頭飼育崩壊や飼育放棄から救出された犬たちです。医療ケアが必要なケースが多く、審査基準も最も厳格になります。アルマやSORAといった団体が実績を持っていますが、募集は不定期です。
マッチングサイト経由
複数の募集情報を横断検索できますが、情報の精査が必要です。中には事実上の販売を目論む業者が紛れ込んでいるリスクがあります。費用の内訳を必ず確認しなければなりません。
コミュニティによる紹介
Westie Partyのような大規模な愛好家イベントやSNSのコミュニティは強力な情報源です。公になる前の「口コミ」情報が手に入ることがあります。
審査突破のための戦略的準備|ライバルに差をつける3つの秘策
ただ待っているだけでは、希望のウェスティを迎えることはできません。保護団体やブリーダーから「この人なら任せられる」と信頼されるための、具体的な3つの秘策を伝授します。
秘策1|経済的信頼性の証明|医療費負担能力の可視化
ウェスティは「皮膚トラブルのデパート」と呼ばれるほど、皮膚疾患に悩まされやすい犬種です。里親審査において最も懸念されるのは、譲渡後の医療費を継続して負担できるかという点です。
漠然と「大切にします」と伝えるのではなく、具体的な数字で経済力を示すことが効果的です。アレルギー治療や定期的なケアにかかる費用を把握していることをアピールしてください。
皮膚疾患と呼吸器系リスクへの備え
ウェスティの多くはアトピー性皮膚炎やマラセチア皮膚炎のリスクを抱えています。引退犬の中には、劣悪な環境により皮膚が象のように硬くなる「苔癬化」を起こしている子もいます。
加えて、特発性肺線維症(ウェスティ肺)という難病のリスクも年齢とともに上昇します。これらの治療には、高額な医療費がかかり続けることを理解しておかなければなりません。
具体的なコストシミュレーションの提示
審査時には、以下のような具体的な維持費を想定していると伝えると、本気度が伝わります。
- アレルギー対応療法食|月額 約1万〜1.5万円
- 痒み止め(アポキル・サイトポイント)|月額 約1.5万〜2万円
- 薬用シャンプー・トリミング|月額 約1万円
- 合計|月額 約3.5万〜5万円
これだけのランニングコストがかかることを前提に、なお飼育する意志と能力があることを示すのです。これが最大の差別化要因となります。
秘策2|環境整備の徹底|脱走防止と安全対策
保護団体が最も恐れるのは、譲渡直後の脱走と事故です。特に繁殖引退犬は、外の世界を知らないため、パニックを起こして逸走するリスクが高いのです。
言葉で「気をつけます」と言うだけでは不十分です。物理的な対策を完了させ、その証拠を提示することが求められます。
写真付き資料で本気度をアピールする
申し込みの段階で、自宅の環境写真を添付することをお勧めします。玄関の二重ゲート、リビングの床の滑り止め対策、庭のフェンスの隙間対策などを具体的に見せるのです。
「犬が来てから準備します」という人と、「すでに受け入れ態勢は万全です」という人では、間違いなく後者が選ばれます。
秘策3|情報網の構築|ネット検索を超えた活動
募集サイトを眺めているだけの人は、いつまでたってもチャンスを掴めません。能動的に情報を「取りに行く」姿勢が必要です。
ブリーダーへの直接アプローチ
引退犬の募集を出していないブリーダーでも、問い合わせれば予約を受け付けてくれる場合があります。誠意を持って「ウェスティの引退犬を探している」と伝え、ウェイティングリストに加えてもらうよう交渉するのも一つの手です。
オフ会コミュニティの活用
SNSやリアルイベントでの繋がりは強力なセーフティネットです。Westie Partyのようなイベントに参加し、先輩飼い主と交流を深めてください。「あそこのお家なら安心だ」という評判が立てば、非公開の譲渡話が舞い込むことがあります。
お迎え前に知っておくべき光と影|メリットとデメリット
繁殖引退犬を迎えることは、素晴らしい体験ですが、同時にきれいごとだけでは済まされない現実もあります。客観的な視点でメリットとデメリットを比較検討してください。
繁殖引退犬を迎えるメリット
成犬から飼い始めることには、子犬にはない魅力があります。
- 性格が落ち着いている|子犬のような破壊的な行動は少なく、穏やかに過ごせます。
- 人が好き|意外に思われるかもしれませんが、ブリーダーの元で人に世話をされていたため、人間を「ごはんをくれる良い存在」と認識している子が多いです。
- 対犬スキルが高い|集団生活を送っていたため、他の犬との距離感を取るのが上手です。先住犬がいる家庭には馴染みやすい傾向があります。
覚悟すべきデメリットとリスク
一方で、家庭犬としての「常識」が欠如していることからくる苦労は避けられません。
- トイレトレーニングはゼロから|ケージ内で排泄していたため、トイレの概念がありません。オムツが必要になる期間も長いです。
- お散歩ができない|リードをつけた経験がないため、地面に置くと固まって動けなくなることがほとんどです。
- 健康状態の時限爆弾|歯周病で歯がボロボロだったり、見えない内臓疾患を抱えていたりすることがあります。
- 一緒に過ごせる時間が短い|6歳で迎えた場合、平均寿命を考慮すると一緒にいられるのは8年前後です。介護までの期間も短くなります。
幸せな第2の犬生のために|まとめ
ウェスティの繁殖引退犬を迎えることは、単にペットを手に入れることではありません。過酷な環境を生き抜いてきた一頭の命に対し、尊厳と安らぎを提供する社会的な活動です。
審査を突破するためには、以下の3点が重要です。
- 経済力の証明|月5万円程度の維持費と高額医療費に耐えうる計画を示す。
- 環境の物理的対策|脱走防止ゲートや床材の対策を事前に完了し、可視化する。
- 能動的な行動|募集を待つだけでなく、ブリーダーやコミュニティへ働きかける。
「かわいそう」という同情心はきっかけとしては十分ですが、それだけでは継続できません。必要なのは、病気や老いも含めて丸ごと愛し抜くという「覚悟」と、それを支える「現実的な準備」です。
この準備が整ったとき、あなたは審査を通過し、白い天使を家族に迎えることができるでしょう。そして、その犬が見せてくれる初めての笑顔は、何物にも代えがたい宝物となるはずです。

